ホーミータイツ☆リレーエッセイ

ホーミータイツのメンバーによる、独り善がりなエッセイ。
あなたを強く抱きしめタイツ!
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はねっかえりキッド
高校時代の友人に子どもが産まれた。高校卒業後、音楽の専門学校に進学し、やがてライブハウスに就職した友人であったが、妻の妊娠を機に業界を退き、今ではどっかの会社の新人営業マンとしてがんばっているそうだ。名前を伏せねばならない理由は特にないが、仮に名を酒井としよう。

こういうときくらいは、「あの酒井が父親とはなぁ〜」というノスタルジーに浸るのも悪くない。ここで言う「あの」に該当するエピソードが何かなかったかと高校時代を思い返してみる。

酒井とは同い年で部活が一緒だった。同じ軽音楽部で、パートも同じベースだった。当時はちょっとしたデブキャラで、人当たりが良く顔も広かった為、彼が部長だと思っている教員も多かった。営業マン、超向いてると思うよ。ちなみに部長だったのは俺だけど。

高校の頃の酒井は全く理屈っぽくなく、ベースのストラップをやたら長くして低く構えていた。決してかっこよくはなかったが、そのスタンスには敬意を持っていた。そんな酒井が専門学校に入るなりストラップを短くして高めに構えたアト○エZのベースでチョッパーなぞやり始めたときには失望したものだが、あの酒井が父親とはなぁ〜。

そういえば酒井はアナルセックスが好きだと言っていた。高校生時分に、だ。なんてマセた高校生だろうか。しかしながら、アナルセックスでは子どもはできないはずなので、そうでない方にも精を出したということだろう。そうでない方にも精を出した、とはなんと的確な表現であろうか。

今の世の中で子どもを産み育てるというのはどういうことだろうかと考えると、途方もない気持ちになる。暗澹たる気持ちになる。そんな中、酒井(と奥さん)は子どもを作り産んだ。生の喜びが優ったということだろう。素直に祝福したい。おめでとう、酒井。
| ごとうはるか | 新・さらさら日記 | 03:33 | comments(0) | trackbacks(0) |
無血開城 in トーキョー


新しい職場に、カツラの方がおられます。見た瞬間、心のホイッスルを思い切り吹いてやりました。

日本髪にインスパイアされた、日本人形の質感で迫る緊張感。リアルを越えてもはやファンタジーの領域です。

それでいいならこれでもいいんじゃない?想像の中で色んなモノをそのおじさんに乗せる間に季節はもう秋。

かく言う私も髪の量が減って参りました。昔は柔らかくてペタッとしていたのですが、最近はクタッとしています。

長渕は言いました。「追いかけてばかりいる内に、頭も禿げてきた」と。

面白いのはこれから、という訳です。(キクチ)
| キクチノブヒロ | 新・さらさら日記 | 20:16 | comments(0) | trackbacks(0) |
この一年ももう、夕暮れの時刻。


おつかれ様です。キクチです。元気です。元気ですか?

中学の時に、最高にクールだった先輩が死んじゃったり、他にも様々な近からず遠からず、知人の訃報が相次いでいます。

それを知らせてくれた小中の同級生K君、久しぶりに話せて良かった。念願の自分のお店(バー)を開いたそうで、本当におめでとう!

途切れ途切れだけど、僕(達)は音を出し続けています。

夕暮れ時のカレーの匂いのような、子供達が家まで競争したくなるような、そんな音楽でありたい。
| キクチノブヒロ | 新・さらさら日記 | 00:33 | comments(0) | trackbacks(0) |
オレナンカドーセ
なんだか途方もなく虚しくなってしまう時がある。特に夜中。何かを思いついたとしても、報告すべき相手もいないし、とりあえず自分に投げかけてみる。すると投げ返してくるのもまた自分になるわけだが、そういうキャッチボールを始めると、“自分”という範疇からは絶対にはみ出さないキャッチボールになるわけで、要するに袋小路なのだ。キャッチボールじゃなくて壁当てか。そんなわかりきったことに帰結する夜は、きっとロクでもない夜だ。

僕は地味な人が好きなんだと思う。地味な人は、なんだか安心するし、なんとなく信頼できるから好きなんだと思う。一方、派手な人というのは、いくつかのパターンがあるんだとは思うが、大別すると「派手にしている人」と「派手になっちゃう人」とがいるように思う。「派手にしている人」というのは、「派手さを求める人」ともいえるかもしれない。

僕が苦手なのは、おそらくこの「派手さを求める人」なんではないかと思う。「派手さを求める人」は、どこかで『一発当ててやろう』と思ってるから、こちらの話を聞いているようで聞いていないフシがある。

僕は「派手にする」というのがとても苦手なので、これは僻みでもあるのだが、要するに追いつけないのだ。ついていけないのだ。「派手にする」というのは(僕にとっては)とてもハードルの高いことだ。だからといって、当たり前だが、意識的に地味にしているわけでもない。結果的に地味なのだ。考えることが小さい。大きい規模でものが考えられない。他人に伝わるか伝わらないかスレスレの小ささでものを考えている。

僕は元々は派手さを希求していたと思う。なにしろバンドをやっているくらいだから。派手にして目立ちたかったんだと思う(なぜかはわからない)。でも、頭の中で描く派手さに、いつまで経っても追いつけないのである。結果的に、地味なのだ。地味だったのだ。ガーン。

こうして、派手と地味について考えていること自体が、その発想が、とても小さいことのような気がしてきた。こういう“どっちでもいいこと”をネチネチ考えるのは昔から好きなのだが、それってすごく地味じゃないか。きっといくつになっても重箱の隅をつついているのだろう。
| ごとうはるか | 新・さらさら日記 | 06:33 | comments(4) | trackbacks(0) |
俺は何を考えているんだ
自分にとって音楽とは、目的であって手段ではないので、それを使って何かを伝えようという気は全くない。結果的に、聴いた人が何かを感じとることはあるかもしれないが、それはこちらがコントロールすることではない。

音楽活動に何か迷いが生じるときというのは、往々にしてこの“目的”の部分がブレているときである。

音楽を演奏するのは、誰かを感動させる為でもないし、人とのつながりをつくる為でもないし、たくさんのお客さんに来てもらう為でもないし、お金をもらう為でもない。

というのは、その“目的”の部分を揺るがさずにやっていれば、つながりたかった人ともつながれるし、お客さんも来てくれるだろうし、場合によってはお金ももらえるかもしれないし、聴いた人の中には感動する人も出てくるかもしれない、そういうものだと信じている、ということでもある。

ただし、これらのことは、実にゆっくりとしたスピードで進行する。だから実感できるまでには時間がかかるが、元々それらのことの為に音楽をやっているわけではないので、実感できなくても関係ないのである。ただひたすらに続けるのみだ。

目先のことに目が眩んで、無理に誰かとつながろうとしたり、場に迎合しようとしたり、お客さんがたくさん来るかどうかで判断したり、儲けようとしたり、感動させようとしたりすると、変にモヤモヤしたものが心に湧いてくる。迷いが生じているのだ。自覚できるかできないかギリギリの葛藤が、“モヤモヤ”としか言いようのない形で知覚される。そういうときは大抵、あとになってはっきりと「ブレていた」と気づくことになる。あとになって気づくようではイカン、と思うのだけれど、別に誰かと積極的に対立したいわけではないし、というか、できるだけ仲良くやりたいし、本当は誰にも嫌われたくないから、ブレるというか、つい何かしらにすがってしまうのだ。

けれども、ちっとも良さがわからなかったものに接近したり媚びたりするのは、やっぱり無意味だ。みんなが「良い」って言ってるものにはつい乗っかりたくなるんだけれども。自分にとっての仲良しとは、友達とは、と考える。

聴いてくれる人やライブのお客さんを“増やすため”に音楽を演奏しているのではない。もちろん、演奏するからには、多くの人に聴いて欲しい。でも、それとこれとは別なんである。

元々なんでやってんだっけ? なんてことを考える必要は全然ない。ただ、たまにはそこに立ち返って自分のほっぺを叩いてやらないと、あっちこっちと右往左往した挙句、自分を見失って沈没してしまいそうで、こわい。

忌野清志郎は「音楽シーンと馴染めない」と言う及川光博に、「浮いてなさい」「馴染んでどうするの」と言ったという。馴染めない、馴染まないという違和感、それが“興”というものなのかもしれない。なんのこっちゃ。
| ごとうはるか | 新・さらさら日記 | 06:20 | comments(10) | trackbacks(0) |
みんな何を考えているんだ
自分のことを器用貧乏だと思っていたけれど、ただの貧乏なのかもしれない。あるいは、すべての器用貧乏は、ただの貧乏なのかもしれない。

新しいことをしようとは思わない。あらゆる先達があらゆることをやりつくしている。“ありきたり”は嫌だけど、“オリジナル”でなくてもいいような気はしている。

山下洋輔は自著の中でフリージャズに関連して「型破りでもいいけど型無しになってはいけない」というようなことを書いていたという(自分で読んだわけではないので違ってるかも)。最近全く同じことをトシ(石塚俊明)さんに言われた。「基礎がないと、壊すにも壊しようがない」。アルバート・アイラーもそうであったのか。サニー・マレイもそうであったのか。

何者かになりたいという欲求はあるが、説明できてしまうことに抵抗がある。何者かと何者かの間を縫って生きてきた気がする。半分は結果的に、もう半分は自覚的に。今に至っては、何者にもなれないのではないかという恐怖がある。

意識的に何かを生み出すのではなく、歩きながらにして滴り落ちた便、醜くも豊かに香り立つそれを痕跡として残したい。お膳立てされたものとしてではなく、あくまである種のテロリズムとして。

そもそも、痕跡を残そうとしている時点でダメだなぁとは思う。才能はない。でも正直でないのはもっとダメだと思う。周りの評価を気にしてはいけない。自分が信頼している人の言うことだけを聞けばいい。信用に足らないものに振り回されてはいけない。自分とも闘えなくてはいけない。でも殴られたりして痛いのはヤダナ〜。ストイック過ぎても、ちょっとアレだ。たとえ剥けてないチンチンでも晒さないよりはマシなわけで、なんでもない風なのが一番かっこいい。無理。
| ごとうはるか | 新・さらさら日記 | 20:53 | comments(2) | trackbacks(0) |
BODY & SOUL


こんな人の芝居誰が観に行くんだろう、とか、こんな人のバンド誰が聴きにいくんだろう、とか、よく思う。

同時に、そういう人たちが多くの支持を集めてる(集客、知名度、メジャーデビューなど)のもよく目の当たりにする。俺のセンスが悪いのか。

世の中のあらゆる分野が細分化していて、人々の興味関心や生き方も細分化している。だから、地元の知人と十数年ぶりに再会したりしても、共通の話題が全然見つからなくて途方にくれてしまったりする。

バンドやってます、音楽好きです。芝居やってます、演劇好きです。と、偏に言っても、全く違った意味になってくることもある。よくある。

歳のとりかたは、そのスピードも方向性も、人それぞれである。そういう前提に立てない人、自分の物差し以外にも多様な物差しが存在するってことを認識できない人と、うまくコミュニケーションがとれない。

かつては同じ釜の飯を食ってたんだから、時を超えて今でも仲良し!

…なんてことは全然ない。僕の地元では多様な価値観を認めてくれない人も多くて、考え方が違うだけならいいんだけど、丁寧にお説教してくれたりする人もいる。お前それじゃダメだよ、と。なぜか上から目線で。そういう人に限って、たまたま実家帰ったときに道でばったり会ったりするんだ。

ちゃんと結婚式には出ろ!(ほとんど行かない)、ミクシィの日記にコメント付けろ!(あんまり付けない)、髪型が変だ!(もう7年床屋行ってない)、でもメガネは似合ってる!(昔はコンタクトだった)、セックスの途中で寝るな!(寝てしまう)、等々。

…別に最近やなことがあったわけじゃないけど、ちょっと思い出して。思い出し地団駄。
| ごとうはるか | 新・さらさら日記 | 03:40 | comments(2) | trackbacks(0) |
のんべえ
今年の夏はあんまりビールを飲まなかった。むしろ寒くなって空気が乾燥してきた最近の方が、喉がビールを欲している感がある。

居酒屋に入ってまずビールを頼む。腹が減っているので料理も頼む。ビールが来る。飲む。料理が来る。食べる。食べる。食べる…。

ちっともビールが進まない。食べることに没頭してしまう。飲み気より食い気だ。

昔からのんべえには憧れがある。退廃の美学、と言ったら格好良すぎるけど、ハードボイルドっていうか、なんかいいじゃない、そういうの。

「お酒は好き?」と聞かれると、いつも答えに窮してしまう。いや、好きなんだけど、「これがねぇ、好きなんですよぉ、ヘッヘッヘ」なんて答えられるほどの自信もなく、かといって「あんまり飲まないです」とも言いたくない(実際多少は飲むし)。

ビールばっかり飲む人、焼酎しか飲まない人、なんでも飲む人、いくら飲んでも平気な人、飲めないのに飲む人、のんべえにも様々だ。だが一様に言えるのは、のんべえはあまり食べない。特に、炭水化物を食べない。僕は居酒屋に入っても真っ先に麺やらご飯やら、炭水化物のメニューに目をやってしまう。のんべえは枝豆とかエイヒレとかをちびちび食べる。僕は目の前に出されたものはすぐに食べ尽くしてしまう。食い意地が張っているので“ちびちび”とは食べていられない。僕が飲みの席においての“シメ”という文化を理解できないまま今日に至っているのもこのためだ。“シメ”に至る頃にはすでに腹一杯になっている。

先日こんな話を聞いた。

「アイスクリームの消費量が日本一少ないのが沖縄県なんだって。甘くて余計喉が渇くからか、のんべえが多いからかなぁ」

この瞬間に僕は確信した。僕はのんべえではない、のんべえにはなれない、と。ビールは暑くても寒くてもそんなに飲まない。でもアイスクリームは寒かろうが暑かろうが食べる。ほぼ毎日食べる。ついでに言えば、僕は家で自炊する際は、炭水化物ベースに献立を考える。米にするか麺にするか、麺ならうどんにするかパスタにするか、まずそこを決めてからメニューを決める。そして作り始めてから、「あ、そういえば、なんか飲もうかな」と思って飲むのは大抵、牛乳である。

僕はのんべえにはなれない。
| ごとうはるか | 新・さらさら日記 | 14:12 | comments(5) | trackbacks(0) |
北風と台風
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床屋に行ったら、和田アキコさんのような髪型にされてしまった。実際はさほどではないかもしれないが、かなりおまかせ感が漂っている。正直、気に入っている。

床屋で初めて会う理髪師の方に自分の向こう一ヶ月の髪型を委ねる気持ちは悪くない。ちょっと違和感のある位が丁度いいのであって、下手に無難な髪型にされる方が恥ずかしい。僕が現在通っている床屋さんは理髪師さんが五人もいるので連続で同じ人に当たる事はあまりない(僕もあえて指名はしない)。従っていつも新鮮な気持ちで散髪してもらえる訳だ。

人前で歌っているくせに、理髪師さんとの「どの位切りますか?」「揉み上げはどうしますか?」「刈り上げていいですか?」等のやりとりはいまだに苦手だ。何も言わずに勝手に切って欲しいのである。結果多少ヘンな髪型になっても構わないという気持ちであなたに任せているのだから。

だが僕とて「あなたに任せるから好きなように切って貰って構わない」なんて言えないし、理髪師さんだって客の想定外の髪型には出来ないという至極当たり前の理由で事前の打ち合わせを希望する訳で。

隣り合った五歳位の少年は「前髪は残し気味で後ろはバリカン入れて下さい。」と非常に的確で分かりやすい指示をしていた。きっと彼はマクドナルドも一人で行けて、店員の「ご一緒に○○もいかがですか?」みたいな誘いも断れるのだろうな。僕は断れない質だからしっかりしないとな。「耳が見える位まで切りますか?」「ハイ。」「後ろは刈り上げない位に?」「ハイ」「揉み上げはキッチリ揃えますか?」「ハイ。」「いいんですか?」「・・・まぁ自然な感じでお願いします。」と結局は自ら無難な髪型を指示する破目になる。

前によく行ってた駅前の千円床屋の兄ちゃんなんか一言も打ち合わせしないでハサミを入れだし、適当なところで「こんな感じでいいですか?」と少しニヤニヤしながら訊いてきて、僕はただ「はいどうも」と言って終わっていた。

彼の接客態度は別として、出来上がりは兄ちゃんの「今日の気分」が鏡に写っている気がしてそれはそれで尊重したい気持ちになるから不思議だ。そんな自分が。

今日は五人の中でも一番仕事の丁寧な理髪師さんに当たった。帰り際コートを返して貰うときに「このコートすごく高そうですね。」と言われ、「いやそんな事ないですよ。」というやりとりがあったのだが、彼は「高そう」ではなく「暖かそう」と言ったのではないか?

そんな事が今更気になっている。

| キクチノブヒロ | 新・さらさら日記 | 16:49 | comments(0) | trackbacks(0) |
坩堝


ホーミータイツ、アルバム制作してます。



目黒ペルメージスタジオにてレコーディング中。



多彩なゲストを迎えつつ、滞りなく進んでいます。

ゲストの一部を紹介。

THEWATTER からヒデくん、拓朗くん。



竹原ピストル御大。



ウレタンを工夫工房から油絵博士。



他にも様々なゲストが参加してくれてます。
(写真撮り忘れました…ごめんなさい)

夏の終わり頃には発売できるかと思います。
楽しみにしていてください。

| ホーミータイツ | 新・さらさら日記 | 14:50 | comments(0) | trackbacks(0) |

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